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東京地方裁判所 昭和55年(ワ)9777号 判決 1985年4月23日

原告

西武信用金庫

右代表者

加藤市蔵

右訴訟代理人

並木俊守

補助参加人

金子信哉

右訴訟代理人

門上千恵子

右訴訟復代理人

伊藤次男

被告

三洋証券株式会社

右代表者

土屋陽三郎

右訴訟代理人

佐藤章

主文

一  被告は、原告に対し、金一億八〇四一万八一八四円及びこれに対する昭和五五年五月三〇日から支払済みまでの年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を被告、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金三億六〇八三万六三六九円及びこれに対する昭和五五年三月二九日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  使用者責任

(一) 原告補助参加人金子信哉(以下「金子」という。)は、昭和五五年三月四日当時、原告の企画部長として原告所有の有価証券の保管及び運用等の職務に従事していた者であり、訴外仲本元成(以下「仲本」という。)は、証券業を営む被告の歩合外務員として雇用され、被告の営業員として被告の指揮監督の下に、顧客からの有価証券の売買の注文を受けて被告との間に有価証券の売買の取次委任契約を締結させ、その履行行為として顧客との間の有価証券及び金銭の授受の業務に従事していた者である。

(二) 金子は、昭和五五年三月四日、原告のために保管中の原告所有の東京電力株式会社第三一五回社債券(額面一〇〇万円)五〇〇枚(番号D一二〇〇一号からD一二五〇〇号まで)(以下「本件社債券」という。)を自己のために使用する目的で無権限に持ち出し、株式会社アイ・トレーディングの名義を仮名として使用して被告との間で行う株式信用取引の委託保証金代用有価証券としてこれを仲本に交付し、仲本は、右のような事情を知りながら、これを受け入れ、被告の東京支店に交付して金子のためにこれを保管させた。

(三) 仲本は、昭和五五年三月頃、株式会社アイ・トレーディングの名義を仮名として使用し、自ら日本毛織株式会社の株式の売買取引をして数億円の損失を出し、その穴埋めに苦慮していたので、その穴埋めをする目的で、本件社債券が原告の所有に属し、かつ、原告がその売却につき承諾を与えたことがないことを知りながら、同月二七日、被告の社債券の売買担当者に対し、被告の外務員の職務の執行行為そのものとして本件社債券を株式会社アイ・トレーディングの名義で売却するよう指示し、同月二九日代金三億六〇八三万六三六九円で売却させて売渡先にその所有権を取得させ、よつて、原告の本件社債券の所有権を侵害して、原告に対し、その売却代金相当額の損害を加えた。

もつとも、本件社債券は同年四月二四日に買い戻されているので、前記の日に所有権侵害による損害が発生していないとしても、仲本は、同年五月三〇日頃、本件社債券を前記代金額以上の価額で、前記と同様な事情と方法によつて再度売却し、よつて、原告の本件社債券の所有権を侵害したので、これを不法行為として主張する。

(四) よつて、原告は、被告に対し、民法七一五条の規定に基づき、右損害賠償金三億六〇八三万六三六九円及びこれに対する不法行為の日である昭和五五年三月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

2  代表取締役の不法行為

被告の代表取締役土屋陽三郎は、仲本を含む被告の使用人が法令及び定款を遵守して証券業務を遂行するような規則、制度及び組織を確立すると共に(事前監視)、この規則、制度及び組織が現に機能しているかどうかを監視する(事後監視)義務がある。ことに、いわゆる仮名取引の受託等についてはその自粛が大蔵省証券局長の通達により強く要請されているのに、土屋は、被告の代表取締役として仮名取引の防止のための措置を自ら全く講じないばかりか、他の者をしてこれを行わせたこともない。その結果、仲本は、昭和五四年から昭和五五年にかけて顧客をして株式会社アイ・トレーディングという仮名を使用して取引をさせ、自らもそれを使用して禁じられた手張り取引をし、右取引によつて数億円の損失を蒙り、その穴埋めのために本件社債券を売却して、原告に対し、前記のとおり損害を加えた。土屋が仮名取引防止のために十分な措置を自らとるか、他の者をしてとらせていれば、仲本が株式会社アイ・トレーディング名義で本件社債券を受け入れることも、自らその名義を使用して禁じられた手張りをし、その結果損失を出すこともなく、よつて、本件社債券を違法に売却することもなかつたものとみられ、土屋の監視義務違反と本件加害行為との間には因果関係があり、しかも、土屋には代表取締役としての職務の遂行を怠たればこのような結果の発生は予見できたはずである。

よつて、以上の土屋の行為は、代表取締役がその職務を行うにつき他人に損害を加えたものというべきである(商法二六一条三項、七八条二項、民法四四条一項)。

3  金子が被告に対して有する損害賠償請求権の代位行使

原告は、金子の本件社債券横領行為により同人に対して金三億六〇八三万六三六九円の損害賠償請求権を有するところ、金子は、被告に対し、本件社債券を株式信用取引の委託保証金代用有価証券として預託したことによりその返還請求権を有し、右権利は、仲本の売却により履行不能となつて売却価額相当額である金三億六〇八三万六三六九円の損害賠償請求権に変わつたので、原告は、金子に対する前記債権に基づき、金子が被告に対して有する右損害賠償請求権を代位行使する。

二  補助参加人の主張

請求原因記載のとおり

三  請求原因に対する認否及び被告の主張

1(一)  請求原因1(一)記載の事実中、仲本が被告に雇用され、被告の指揮監督の下にあつたということは否認するが、その余の事実は認める。

(二)  同1(二)記載の事実中、仲本が右のような事情を知りながら本件社債券を受け入れ、被告の東京支店に交付して金子のためにこれを保管させたことは否認するが、その余の事実は認める。

(三)  同1(三)記載の事実中、仲本が昭和五五年三月二七日、被告の社債券の売買担当者に対し、本件社債券を株式会社アイ・トレーディングの名義で売却するよう指示し、同月二九日代金三億六〇八三万六三六九円で売却させたこと、本件社債券が同年四月二四日買い戻されたこと及び仲本が同年五月三〇日頃本件社債券を前記代金額以上の価額で、前同様の方法によつて再度売却したことは認めるが、その余の事実は否認する。

(四)  本件における基本的事実関係は、金子が原告の理事長の子息の裏口入学の資金を捻出するため、仲本にその事情を明かして、仲本に株式会社アイ・トレーディング名義で株式の信用取引を行うことを一任し、右信用取引の委託保証金代用有価証券として差し入れるため、原告所有の本件社債券を勝手に持ち出して、右担保に供し、仲本において信用取引を行つたが、結局のところその信用取引に失敗したため、本件社債券を原告に返還することができなくなつたというものである。

右事実によれば、信用金庫が株式売買の信用取引をすることが認められていない現状においては、金子が右信用取引の委託保証金代用有価証券として使用する目的で本件社債券を仲本に交付した時点においてその業務上横領が既遂となつているのであつて、本件社債券が売却され現金化された時点において初めて右横領が成立するものではない。したがつて、仲本の本件社債券売却指示行為が原告に対する不法行為を構成するという原告の主張は、原告の被用者であつた金子の原告に対する不法行為の存在に故意に眼をおおうものであつて、被告としては到底承服できない。

また、株式会社アイ・トレーディングから被告に差し入れられた昭和五三年一一月一一日付信用取引口座設定約諾書にはいわゆる混蔵寄託条項が入つているから、被告には、必ずしも本件社債券を特定物として保管しなければならない義務はない。したがつて、仲本の本件社債券売却指示行為によつて原告又は金子が新たな損害を蒙つたわけではないから、右売却指示行為をもつて原告に対する不法行為と主張するのは失当である。

次に、仲本の本件社債券売却指示行為は、被告の「事業ノ執行ニ付キ」されたものとはいえない。すなわち、被用者の行為が使用者の「事業ノ執行ニ付キ」されたと主張するためには、取引の相手方の方でそれが正規の手続でされたと信ずるような状況が必要であるところ、本件においては、金子は、仲本が被告の事業の執行を不当に行うこと、いいかえれば、仲本が禁じられた手張り取引をし、その取引の委託保証金代用有価証券として本件社債券を受け入れるものであることをつとに認識していた。つまり、本件においては、仲本は、被告の歩合外務員としてではなく、被告に対立する当事者として登場し、行動することになるが、金子は、本件社債券を仲本に交付するに当たつて、仲本が被告の事業の執行として本件社債券を預かるものではないことを十分に知つていた。そして、仲本の本件社債券売却指示行為は、仲本の行う信用取引の一連の流れの中で行われたものであるから、これをもつて被告の「事業ノ執行ニ付キ」されたものということはできない。要するに、取引の相手方において被用者が使用者の事業の執行を不当に行うことを認識している場合には、いわゆる外形理論を適用する余地はないから、使用者責任は当然に否定されるべきである。

2  請求原因2記載の事実中、土屋が被告の代表取締役として一般的又は抽象的に被告の使用人が法令及び定款を遵守して証券業務を遂行するような規則、制度及び組織を確立すると共に、右の規則、制度及び組織が現に機能しているかどうかを監視する義務を有することは認めるが、その余の事実は否認する。

被告のように巨大な資本と多数の従業員を擁する組織体においては、代表取締役社長は、長期計画を策定し、会社の進むべき方向を誤らないようにすることをもつてその基本的職務とする。したがつて、歩合外務員に対する監督については、その基本方針を決定し指示すれば、代表取締役としての職務は尽されているとみるべきところ、本件においては、営業員ハンドブックを作成して各営業員に携帯させ、その内容の一部である営業員服務規程を了知させているほか、仮名取引については、所要の指示をしているから、土屋に職務違反の事実はない。

3  請求原因3記載の事実は否認する。

金子は、仲本が被告の事業の執行として本件社債券の預託を受けるものでないことはもちろん、被告の歩合外務員としての立場において信用取引を行うものでないことを明確に認識していた。したがつて、金子が被告に対してその使用者責任を追及することは許されない。

四  抗弁

1  権利の濫用

金子及び仲本の業務上横領事件の判決は、いずれも懲役三年、執行猶予四年であり、その主犯は金子である。ところが、本件訴訟は、その主犯を出した原告が自己の使用者責任や代表理事の職務違反責任をすべて無視し、被告の使用者責任や代表取締役の職務違反のみを追及するという極めて奇妙な事案であり、明かに権利の濫用に当たるといわざるを得ない。

2  過失相殺

仮に原告の請求が認容されたとしても、原告に金子の選任監督に関する過失があることは明白であるから、被告は、その過失相殺を主張する。

五  抗弁に対する認否

1  抗弁1記載の事実は否認する。

2  同2記載の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一1  請求原因1(一)記載の事実中、金子は、昭和五五年三月四日当時、原告の企画部長として原告所有の有価証券の保管及び運用等の職務に従事していた者であること並びに仲本は、証券業を営む被告の歩合外務員として顧客からの有価証券の売買の注文を受けて被告との間に有価証券の売買の取次委任契約を締結させ、その履行行為として顧客との間の有価証券及び金銭の授受の業務に従事していた者であること、請求原因1(二)記載の事実中、金子は、昭和五五年三月四日、原告のために保管中の原告所有の本件社債券を自己のために使用する目的で無権限に持ち出し、株式会社アイ・トレーディングの名義を仮名として使用して被告との間で行う株式信用取引の委託保証金代用有価証券としてこれを仲本に交付したこと、請求原因1(三)記載の事実中、仲本が昭和五五年三月二七日、被告の社債券の売買担当者に対し、本件社債券を株式会社アイ・トレーディングの名義で売却するよう指示し、同月二九日代金三億六〇八三万六三六九円で売却させたこと、本件社債券が同年四月二四日買い戻されたこと及び仲本が同年五月三〇日頃本件社債券を前記代金額以上の価額で、前同様の方法によつて再度売却したことは、当事者間に争いがない。

2  <証拠>によれば、被告が仲本を歩合外務員として採用するについては、両者間で歩合外務員契約が締結され、その第一条には、「仲本は被告に使用されその指示にしたがつて被告のために証券取引法に定める外務員としての職務を行うものとし、被告は、仲本に対し、第二一条に定めるところにより報酬を支払うものとする」旨が、第二条には、「仲本は、証券取引法その他の法令規則、証券業協会及び証券取引所が定める諸規則並びに被告が定める営業員服務規程を遵守し、誠実にその職務を遂行するものとする」旨がそれぞれ定められていること、被告は、営業員たる投資顧問(歩合外務員)に対し、営業員ハンドブックを配布し、その中には営業員服務規程が掲載されていること及び右服務規程は、被告の営業業務に従事する者が遵守すべき服務の基本事項を定めるものとされ、「営業員は、被告の経営方針に則り、部店長の指示に従つて相互に協力して積極的かつ能率的に業務を遂行し、被告の業績向上につとめなければならない」旨定められていることが認められ、右事実によれば、被告と仲本との間には、民法七一五条にいう使用者被用者の関係があるものと認められる。

3  そこで、仲本が被告の事業の執行につき原告に損害を加えたかどうかについて判断する。

<証拠>を総合すれば、次のような事実が認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  金子は、昭和四六年頃、仲本が歩合外務員として株式の売買の勧誘にきたことから同人と知り合い、同人を通じて株式の売買を行つた。両者のつきあいは、昭和五〇年頃一旦途絶えたが、昭和五四年に入つて遇然再会したことから再び交際が始まり、金子は、仲本の勧めにより原告のために日本ユニバックの株式九万九〇〇〇株の買付を被告に委託し、逆に仲本は、金子の紹介により原告の新大久保支店から一億三〇〇〇万円の融資を受けた。

(二)  金子は、昭和五五年二月二四日頃、仲本に対し、原告の理事長の息子の大学入学に際し、裏口入学資金として金五〇〇万円が必要である旨を話し、その捻出のため五〇〇〇万円の導入預金をするよう求め、それができない場合には、株で儲けて五〇〇万円作つてほしいと依頼した。仲本は、同月二七日頃、金子に対し、導入預金の依頼は断わつたが、株で儲けて資金を捻出することについては、五億円の担保があれば、二〇日から一月位で五〇〇万円の捻出は十分可能である旨を話し、資源株の空売りを勧めたところ、金子からお願いしますといわれた。その際、取引の名義については、金子が自分の名前ではまずいと述べたので、仲本が前に原告から融資を受けた時に世話になりかかつた株式会社アイ・トレーディングの名義を使用することを持ちかけたところ、金子もこれに同意した。仲本は、同年三月一日午前九時頃、金子に対し、資源株の空売りのチャンスだからどうかと連絡したところ、金子からやつて下さいといわれたため、これを実行し、担保は同月四日に差し入れることとなつた。

(三)  金子は、三月一、二日頃、中西係長に対し、預け替えをするから大和証券に保護預り中の本件社債券を同証券から引き出すよう指示し、同月四日午後一二時三〇分頃、原告の本店三階の応接室で、引き出された本件社債券を自己のために使用する目的で、いいかえれば株式会社アイ・トレーディング名義で自分が仲本に一任して行う信用取引の委託保証金代用有価証券として使用する目的で仲本に交付した。仲本は、被告発行の株式会社アイ・トレーディング宛の預り証(銘柄三〇五、東京電力)及び株式会社アイ・トレーディングから金子宛の預り証二通と引き換えに金子から本件社債券を受け取り、午後一時頃被告の東京支店の店頭業務係にこれを引き渡した。ところが、被告の担当者が本件社債券を点検したところ、被告発行の預り証の銘柄番号が違つているのに気付き、仲本は、同日午後四時頃、正しい銘柄番号の記載された預り証(甲第四号証)を持参して再度被告の本店に赴き、金子に対し、昼に引き渡した預り証二通の回収と引換えにこれを交付し、その際金子から仲本個人の原告宛の預り証を書いてほしいと頼まれてこれ(甲第一号証)を作成し、更に帰り際に金子から上役に見せるために必要なので書いてくれといわれて、自己の名刺の裏に本件社債券を預つた旨を記載して(甲第五号証の一、二)これらを金子に交付した。

(四)  仲本は、本件社債券を担保に三月二五日頃まで信用取引を行い、約三〇〇〇万円程の利益を出し、金子に対し、同月一二日現金二〇〇万円を、同月二七日には額面金額一〇〇〇万円の小切手を右取引の利益金として交付した。仲本は、その頃日本毛織の株式の仕手戦のため資金が必要であつたため、同日金子に対し、本件社債券を一月程貸してほしい旨依頼したところ、同人から本件社債券は原告の所有に属するので中西係長の了解をとつてくれといわれ、同月二九日本件社債券を四月末に返還するので一月借りることについて同人の了解を得、同月二七日、同月二九日を受渡日とし、本件社債券を株式会社アイ・トレーディングの名義で売却するよう被告の担当者に指示し、被告の本店を通じてこれを代金三億六〇八三万六三六九円で買戻条件付(買戻期限四月二四日)で売却した。

他方、本件社債券を仲本に貸し付けるに際し、金子は、本件社債券が仲本が行う日本毛織の株式の仕手戦の用に供されることを知つていた。なお、金子は、三月二八日、仲本が日本毛織の株式の買付資金として金慶子から二億五〇〇〇万円の融資を受けるについてあつせんの労をとつている。

(五)  仲本は、本件社債券の売却に伴い、被告発行の預り証(甲第四号証)につき、株式会社アイ・トレーディング名義の紛失届を提出して右預り証を失効させた。そして、四月二日には本件社債券を買い戻し、出庫準備をしたが、日本毛織の株式の買付代金が一部未払であつたため、出庫できず、本件社債券は五月九日頃まで被告に保管された。そして、仲本は、仕手戦の資金が不足したため、同月一〇日頃、本件社債券を再び株式会社アイ・トレーディング名義の信用取引の担保に供し、同月三〇日、前同様の方法により本件社債券を六月二三日に買い戻す条件で再度売却したが、同日までに資金を調達することができなかつたため、本件社債券を買い戻すことができず、本件社債券に対する原告の所有権は五月三〇日をもつて確定的に失われた。

右事実及び前記当事者間に争いのない事実によれば、仲本は、昭和五五年三月二七日には、本件社債券が原告の所有に属することを確定的に知つたにもかかわらず、原告の承諾を得ることなく被告の社債券の売買担当者に対し、本件社債券を株式会社アイ・トレーディングの名義で売却するよう指示してこれを売却し、一旦は買い戻したものの五月三〇日に至つて再度売却して本件社債券に対する原告の所有権を侵害し、原告に対して右売却代金相当額の損害を加えたこと及び仲本の右不法行為は、被告の歩合外務員としての業務執行中に行われたものと認められる。

確かに、金子は、本件社債券が仲本の手張り行為の用に供されること、いいかえれば、仲本が被告の事業の執行を不当に行うことを知っていたことに照らせば、金子が被告に対してその使用者責任を問うことは許されないし、金子が原告の企画部長として原告所有の有価証券の保管及び運用等の職務に従事していた者であることを考慮すれば、金子が適法にその職務を遂行した場合であるならば、原告が被告に対してその使用者責任を問うことも認められないというべきであろう。しかしながら、本件においては、金子の行為は原告に対する関係において業務上横領を構成するものであるから、金子の悪意をもつて直ちに原告が悪意であつたと認めることは相当でないと考える。

また、<証拠>によれば、株式会社アイ・トレーディングと被告間の信用取引口座設定約諾書中には、「株式会社アイ・トレーディングが信用取引に関し、被告に預け入れした委託保証金代用有価証券は被告が任意にこれを他に貸し付け、担保に供し、他の顧客の信用取引のため使用し、又はその有価証券に基づく権利を被告が行使することに異議がない」旨の条項が存することが認められ、この事実と金子は、本件社債券を株式会社アイ・トレーディングの名義で行う株式信用取引の委託保証金代用有価証券として被告に差し入れたことを総合すれば、金子は、被告が本件社債券を処分することにつきあらかじめ承諾を与えていたと認められる。しかしながら、金子の右差入行為が原告に対する関係において業務上横領を構成するものである以上、金子の承諾をもつて原告のそれと同視することはできないから、右事実は不法行為の成立を妨げないというべきである。

二そこで、被告の抗弁について判断する。

以上認定したところによれば、原告の損害は、金子と仲本の共同不法行為により惹起されたものと認められ、仲本の不法行為が被告の事業の執行に付きされたものである以上、被告は、使用者として原告が被つた損害を賠償すべき義務がある。被告は、本件訴訟は、原告が自己の使用者責任を棚に上げて被告の使用者責任を追及するものであるから、権利の濫用である旨主張するが、金子に対する原告の選任監督上の過失は、「被害者ニ過失アリタルトキ」として損害賠償の額を定めるにつきこれを斟酌することができるにすぎないから、この点に関する被告の主張は理由がないことが明らかであり、他に本件訴えの提起が権利の濫用であると認めるに足りる証拠はない。

次に、過失相殺の点について検討するに、証人中西良平の証言によれば、原告においては、過去に仮空名義の預り証(甲第四号証)を受領したことはなかつたこと、それにもかかわらず、金子の不正行為が発覚したのは、昭和五五年七月二九日であつたことが認められ、右事実によれば、原告の金子に対するその事業の監督について過失があつたものと認められ、その過失割合は、金子と仲本の共同不法行為の中で金子の果たした役割に鑑み、五割と認定するのが相当である。そうだとすると、被告は、原告に対し、本件社債券の売却代金相当額金三億六〇八三万六三六九円の五割相当額金一億八〇四一万八一八四円及びこれに対する不法行為の時である昭和五五年五月三〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

三よつて、原告の請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官髙柳輝雄)

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